世に従わん人は、先ず機嫌を知るべし。

 世に従わん人は、先ず機嫌を知るべし。序悪きことは、人の耳にも逆らい、心にも違いて、そのこと成らずーー徒然草155段の冒頭です。「機嫌」とはタイミングのこと。「序」は「ついで」と読み、順序のことです。

 まさに、人間社会の真理を突いた言葉です。何かを願って行動する時、タイミングを窺い、アクションの順序を間違えないようにするーーとても大切なことです。
 72歳まで市役所で仕事をしましたが、この言葉に出会ったのは、60を過ぎてからです。60を過ぎてからは、上司の機嫌が良い時に(先ず機嫌を知るべし・・・ダジャレのようですね。でも、上司の機嫌が悪い時はタイミングが悪い時です。機嫌の意味が違います・・・)、本当の意味でのタイミング、つまり市民意識、社会の動向、価値観の変化、議員さん達の理解度、これらが整った時に具申します。すると、あら不思議、とんとん拍子にことが進みます。
 
 入庁したての頃、「市民ぐるみの国際交流」を提唱しました。上司も職員の仲間も賛同してくれたものの動きはありませんでした。「機嫌」が整っていなかったのですね。ところが、20年ほどの月日が流れ、国際交流センターが建設され、国際交流協会が設立されました。市長が政策の一つに国際交流を据えたのです。私が音頭をとって動いた訳ではないのに・・・皮肉なことに、私はその責任者となりました。

 世の中には、埋没した事案が数年後に世論の追い風を受けて復活する(先ず、機嫌を知るべし)とか、係長を飛び越えて課長に相談したために、係長の逆鱗に触れてプロジェクトが行き詰まった(序悪きことは・・・そのこと成らず)の例は沢山あります。ある程度の社会経験を積んだ人であれば、思い起こす事も多々あると思います。不思議なことに、この155段を声に出してみると、古典が一挙に現代社会を生きるヒントに変わります。

 *これから、週1のペースで「心和む体験や話題をblogで発信します。気に入ったフレーズ(短歌や詩の一部、エッセイや小説の一部などのことも)を示し、私の体験と考察を添えるという形式を考えています。宜しくお願いします。

インディアンサマーの午後