真俗ににつけ、必ず果たし遂げむと思わんことは、機嫌を言ふべからず。

[解 説]
 現代語に置き換えると・・・状況や場面に関わらず、(つまり、仏法の世界で生きていようが、世俗で社会生活を営んでいようが、)何がなんでも成就したいと思うことについては、タイミングを測ることは不要である。・・・となります。
 前回は、155段の冒頭部分を紹介しました。社会生活を送る上でタイミングがとても大切だという示唆。誰もが人間社会における真理だと考えますね。今回はそれとは真逆の提案。どんな暮らしをしていても、生きていれば、これを必ず成し遂げたいと思うこといがあるものです。その時は、エイヤッ!でやるべきだという提案です。

[私の体験談]
 もうすぐ3月11日がやってきます。忘れもしない東日本大震災。震災当時、私は市役所で漁業振興も担当していました。翌日、漁港に行きました。唖然としました。漁港施設は壊滅状態でした。防衛省の補助で整備した施設は再補助されません。そのような例が無いと聞いていました。でも、市の単独予算で整備するには余りにも額が多過ぎます。もうすぐ始まる「昼イカ漁」(当市のイカ漁は、大間の漁師から習った手法で、漁火などで集魚する手法とは別。回遊するイカの群れの行き先を予測してイカ釣り針を流すとか・・・)は当面休まざるを得ないかな、と暗い気持ちになりました。船は「沖だし」して助かったものの、氷(漁港施設の一部である製氷施設で作る)がなければ、イカの鮮度を保てません。職員全員が悶々として、震災の事後処理にあたっていました。

 程なく(1週間後くらいだと思いますが、記憶が定かではありません)、市長と共に仙台にある東北防衛局と市ヶ谷の防衛省を訪ねることとなりました。再補助による製氷施設の早期復旧をお願いするということでした。それまで、市は防衛予算の恩恵を余すところなく享受していました。持ちつ持たれつという関係で、非常に良好な信頼関係が構築されていました。でも、今回の事案は筋が悪いーー補助予算に詳しい職員ほど、そう思っていました。私もその一人でした。
 仙台では、局長さんが「精一杯、ご意向に沿うように頑張ります」と答えてくれました。社交辞令ではなく本心だ、と私は感じました。比較的有利な補助メニューを適用して、来年あたり製氷施設ができるかもーー私は根拠もなく期待しました。
 翌日、防衛省に行きました。地方協力局長さんを筆頭に30人くらいの職員が玄関で出迎えてくれました。マスコミや他省庁の方もたくさんいました。なぜ会議室や応接室ではないのか不思議でした。開口一番、地方協力局長さんからお見舞いと労いの言葉がありました。市長さんが型通りの挨拶の後、ポツリと言いました。「漁港施設については再補助をお願いしたい」。続いて、深々と頭を下げました。長い沈黙がありました。「今すぐには無理かもしれないが、未曾有の震災につき、特別な配慮を考えます」、そんな意味のことを好感を得られる言い回しで表現しようと地方協力協調さんが考えている、と私には思えました。地方協力局長さんが「今・・・」と話し始めようとしていました。

 その時、突然、沈黙を破り「やりまーす」と張りのある声が玄関ロビーに響き渡りました。声の主が誰なのかわかりませんでした。この一言で一挙に物事が進みました。通常は半年かかる「事業採択書」が1週間後に届きました。しかも防衛省職員が直接持参して。後で知ったのですが、防衛省玄関先での「椿事」の一時間後には、国・県・市の関係職員が製氷施設建設に向けて動き始めていたのです。そして夏の昼イカ漁に間に合いました。帰りの新幹線の中で、市長さんに「あの声の主は誰か」と尋ねましたが、判らない、とのことでした。事前に何か根回しもしていないという。この件に関してはたくさんの「?」があり、いまだに判明しない「?」のあります。

 数日後、「こんな形で、これ以上無い結果が得られるなんて、市長さん、予想していましたか? 」と尋ねると「思わなかった。でも、夏までに製氷施設を完成させたいという一途な思いがあり、そのことで頭の中が一杯だった」とのこと。
 「何がなんでも成就させようと思うこと」は、作戦を練ったり時期を見計らったりする必要はありません。何故なら、「何がなんでも」の思いは、結果の良し悪しを超える自分の存在意義だからです。

※体験談における日時などは正確ではありません。「語るには許される」程度の正確さです。