春は椿事がよく起こります。これは、2015年2月25日午後3時30分、行きつけの温泉で実際に遭遇した春の椿事です。
玄関を入ってすぐの自販機で入浴券を購入していると、男性用脱衣所の暖簾を潜って一瞬だけ裸の男が現れました。世の中には変人もいるなぁなどと思い脱衣所に入りました。すぐに、先ほどの男と従業員のおばさんが脱衣所に入ってきました。裸の男性の服が無くなったと言うのです。風呂場には、先ほどの男も含めて10人の客がいました。おばさんは全員に声を掛けて「自分の服が入っているカゴを確認して棚の上に置くよう」依頼しました。9個のカゴが棚の上に並びました。一人分、カゴが足りません。盗難か?服の窃盗なんて聞いたことがない。誰かが間違って他人の服を着ていくなんて・・・考えられない。裸の男は途方に暮れていました。
程なく若い警察官が2人やって来ました。服に触ることはしなかったのですが、丹念にカゴを覗き込みました。少しだけボリュームのあるカゴが何個かありました。「ちゃんちゃんこ(北国の防寒着の一種)でも着てればこのくらいの嵩にはなる」とはおばさんの見解。客の一人が「せっかく警察官が来ているのだから、立ち会ってもらって、見てみたら? 1個ずつ・・・」と言いました。嵩の多い順に確認することになりました。「開けるよ」「はーい」脱衣所と浴場との間でそんなやりとりをしながら、バスタオルや風呂敷をめくっていきました。一つ目、二つ目、異常なし。三つ目、「緑のバスタオルが掛けてあるカゴ、誰のですか? 触ってもいいですか? 」とおばさん。返事はありませんでした。その時、裸の男がそのカゴをじっと覗き込み、ぼそっと一言。「下にあるのが僕の服みたい」。これで一件落着となりました。
事の顛末は、常連客のご老人がいつも入れる位置のカゴに、すでに他人の服が入っているのを確認しないで、自分の服をその上に重ねて入れたという事でした。バスタオルを外してじっくり見ないと男の服一式がそこにあるのは確認できない状態でした。一連の騒ぎの最中もその後も、ご老人は丹念にシャンプーをしていました。なんとも平和な空間。
おばさんによると、カゴを逆さにしてポンと叩きカラを確認してから服を入れる人もいれば、何も確認しないで自分の服を入れる人もいるとか。そのため、靴下やポケットからこぼれ落ちた小物が行方不明になることはよくあるそうです。
閑話休題。椿事は珍事が一般的です。かつては「珍事のうち特に思いがけない変わりごと」を椿事と書くようになったとか。椿は、日本では「つばき」ですが、古代中国では8000年も寿命がある霊木。極めて珍しいのです。だから、現代表記である「珍事」ではなく「椿事」を使いたくなりました。だって、温泉や銭湯で自分の服がなくなるなんてことは、想像だにしませんよね。